治療家が知っておきたいこと7選
業界動向・知識
鍼灸師
あん摩マッサージ指圧師
柔道整復師
職業選択の自由が保障されている日本において治療家を目指すというのは稀有なことであり、その背景には柔道整復師、鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師といった医療系国家資格が数少ない独立開業権を持つ資格であるからだと考えられます。
職人気質な仕事である一方、経営者としての性質も求められるのは治療家ならではの特徴です。今回は、そんな治療家を目指す上で事前に知っておきたいことについてまとめた記事となります。
治療家になる前に知っておきたいことは少ない
前口上で大風呂敷を広げましたが、治療家になるからと言って事前に知っておかなければならないことはさしてありません。一昔前と違って、そんなに特殊な職業ではなくなってきているということです。
昔のイメージから見た治療家
平成10年の福岡地方裁判所の判例以降、全国に10数校しかなかった柔道整復師養成学校がものの10年で100校近くにまで急増、同様に鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師の養成施設も急増したことは、間違いなく「治療家」のあり方にも影響を与えたと考えられます。
それまでの治療家の世界といえば、親元を離れて院でお世話になりながら技術を身に着けていく徒弟制度のような印象があって住み込み見習いも普通でしたが、現在は新人治療家も普通のサラリーマンと何ら変わらない勤め方が一般的です。
体質的に師匠や兄弟子にこき使われるといった院がないとは言い切れませんが、全国どこにでも学校や院があり街の利便性も向上している上に、社会の在り方もワークライフバランスの重要性が叫ばれていることを考えれば当然の。
筆者は治療業界以外での就労経験もあるのですが、他業界と治療家の世界に大きな隔たりがあるようには感じませんでした。しいて言えば、治療家は「先生」であり過ぎるため、他業種でも「先生面」をしがちなことくらいです。(自戒)
「治療家の世界≠一般社会」ではない
以前に比べて治療家と世間の職業との差異が少なくなったということは、一般の職業人に求められる能力が治療家にも求められるようになったということであり、経済産業省の提言している「人生100年時代」の人材像は治療家においても必須です。
端的には、明確な将来設計を基に個人に求められる能力や指針をOSとアプリに分けて構造的に捉えることを出発点とし、越境学習や多様かつストレッチな体験総量を全年代を通して上げ続けることで「働く」と「学ぶ」の一体化ができる人材となるというものです。
いわばアプリ | 社内スキル(職場によって異なる) | ||
専門スキル(人材としての付加価値) | |||
いわばOS | 社会人基礎力(アクション、シンキング、チームワーク) | ||
キャリア・オーナーシップ、マインドセット(仕事や職業への心構え) |
ここで重要な点はITリテラシーも求められるということで、治療家と言えど今や広告もデータ管理もITが導入されていることから、 ITパスポートくらいの内容は把握しておかないとマズイです。
治療家としての矜持
総じて、いかなる業界に携わっていてもこれからの時代は「自らの人生は自らで切り開く」ことが求められるということになりますが、治療家においては組織としての側面もありつつも個として経営者であったり職人でもあるという性質も含む点でより重要です。
なぜなら、治療家にはリーダースキルどころではない「責任」と「覚悟」が付きまとうからです。開業すれば後ろ盾はないわけで、常に「選択」と「決断」に迫られます。従業員を抱えている場合、選択一つで従業員の人生を変えられます。
治療でいえば、些細な見立て違い、見落とし、処置の過ちの一つでさえ患者の人生を壊すかもしれない直接的なリスクを孕んでいます。ですから、患者だけではなく自分自身の信用を保つ上でも無知の知を持っておくことは治療家の最低条件だと思います。
治療家が知っておきたい7つのこと
給与水準はまだまだ低い
治療家単独の統計データはありませんが、令和5年賃金構造基本統計調査より治療家の平均年収は459.3万円とあり、同年に国税庁の行った民間給与実態統計調査より給与所得者の平均給与額が459.5万円であることから、一般サラリーマン下回ることが分かります。
業種別に見た場合でも、この金額は低水準と言わざるを得ません。昨今、世の中は初任給や最低賃金の引き上げ傾向にはあるようなので、今後に期待したいものですね。
業種 | 平均給与(万円) |
建設 | 548 |
製造 | 533 |
卸売、小売 | 387 |
宿泊、飲食サービス | 264 |
金融、保険 | 652 |
不動産、物品賃貸 | 469 |
運送、郵便 | 473 |
電気・ガス・熱供給・水道 | 775 |
情報通信 | 649 |
学術研究・専門・技術サービス、教育、学習支援 | 551 |
医療、福祉 | 404 |
複合サービス | 535 |
サービス | 378 |
農林水産・鉱業 | 333 |
勤務時間や労働環境は改善されつつある
治療家は朝から晩まで院でせっせと働く「長時間労働の権化」のようなイメージでしたが、疎かにされがちだった有給休暇取得も義務化されるなど政府の取り組みにより改善されてきています。
雇用者側の動きとしても他業界と同様で人材確保に苦労していることから、高所得の求人や福利厚生が充実した高待遇の雇用条件を提示する場合や、人材流出を防ぐために環境整備に取り組む院もあります。
ただ、大半の院は多くのスタッフを抱える体力があるわけでも人材確保が容易な地域ばかりでもないのが実情であり、結果旧態依然の環境だったりします。働く環境は間違いなく改善方向にはありますが、ある程度の覚悟は必要であるということです。
ライバルは少なくない
厚生労働省の令和4年衛生行政報告によると、全国のマッサージ治療院数は約18千か所、鍼灸院が約33千か所、マッサージ鍼灸院が約38千か所(重複の可能性あり)、接骨院が約50千か所、その他が2千か所とあり、少なくとも約100千か所の治療院が存在します。
コンビニが令和6年9月時点で全国に約55千か所であることを考えると実に膨大です。2013年に人口減少に転じて国内の需要が頭打ちとなり、業界内は顧客の食い合いとなる中でコロナ蔓延は治療院の経営コスト上昇と売上低下など被害を与えました。
2025年は団塊の世代が後期高齢者となる年であり顧客争奪戦は更に激化が予想されることから、M&Aを行うことで事業規模や事業形態を広げるなど経営基盤の強化に努める動きが見受けられます。
一方で、24時間365日営業で独自性を出すなどニッチな市場を開拓する動きもありますが、いずれコモディティ化していくのはどの業界も常です。売り手市場なのに雇用条件・労働環境が悪い背景には、このような市場の流れも関係しているのでしょう。
品質管理の重要性 ①常に勉強が求められる
経済産業省の提言の根幹である「学び」はこれからの社会人にはマストではありますが、治療家においてはよりクリティカルです。ここでは、求められるの力の中でも「専門スキル」に焦点を当てて解説します。
恩師の言葉ですが、「最低でも専門書は5年ごとに買い替えて、読み直せ!」というくらい医療業界の進歩は早く、それまでの常識などアッという間に非常識です。故に、一生食いっぱぐれない職業とは言われていますが、アップデートは必須です。
そもそも世の中全体の職業人生が伸びているのに、スキル自体のピークスパンは短くなっています。既に身に着けたスキルのブラッシュアップはもちろん、新たなスキルを日々取り入れ続けることは治療家のデフォルトです。
それこそ越境学習も今や当たり前であり、治療家には医療のみならず接客サービスや高齢者介護へのニーズ高まっており、それらへの対応もスタンダード化しています。治療家を取り巻く環境を考えると、「どう付加価値を上げていくか?」は最重要課題です。
品質管理の重要性 ②コミュニケーション能力は大切
単独作業と思われがちな治療家ですが 、全く持って真逆です。仮に業務内容ごとにスタッフを分けたとして、全体を管理するディレクター、作業管理及び補助をするマネージャー、直接作業をするプレーヤーがいたとすると院の運営には各人の連携が不可欠です。
例えば、『ディレクター→マネージャー→プレーヤー』の伝達経路があるとき、「ディレクター→マネージャー」の伝達に齟齬があればプレーヤーに届く情報は偽となりますよね。故に、複数人の人間が存在する場合にコミュニケーションは必須能力です。
また業務の基本は対人業務であるため、個人への評価も患者とのコミュニケーション能力次第です。極論、腕の良い治療家でも患者とのコミュニケーションが稚拙であれば顧客満足度は低いです。治療家と言えど客商売、声掛け一つにしても一辺倒では通じません。
性別、年代はもちろん、患者の立場や気質、その日の体調、他スタッフとの関係性や患者間の繋がりなどなど意識することは無数あります。キャバ嬢になる必要はありませんが、それくらいの接客術と顧客管理能力を身に付けけるのも一流の治療家には求められます。
品質管理の重要性 ③理性的な大人っぷりは日々の思考から
治療家の多くはランチェスターの法則の弱者であり、ビジネスの勝敗は「質」で決します。「質」とは求められる能力のうちOSとアプリの双方で構成されていますが、職人気質な方はアプリである治療スキルの学習にばかりご執心しがちです。
市場環境の変化と技術革新の加速により将来予測は困難なこれからの時代は、モノの見方やあり方などを司るOSの能力が問われます。OSの鮮度を維持するには、既存の論理的思考だけでは不足であり未知なる課題においては常に前提を疑う批判的思考も不可欠です。
実践的に考えれば、Plan(計画)、Do(実行)、Check(検査)、Action(改善)のいわゆるPDCAサイクルと、その際に陥りがちな認知バイアスからの脱却を目的にOODAループを回していくことが効果的と考えられます。
OODAとはObserve(観察)、Orient(適応)、Decide(決断)、Act(行動)の頭文字で、客観的な視点との柔軟な答えを導き出す思考法です。要は、計画の実行は観察内容から最適解を模索して判断する、検査後の改善時も同様に判断するということです。
品質管理の重要性 ④なんだかんだ一般常識は必須
非論理的な思考は仕事効率を悪化させたり説明がへたくそだったり、批判的な視点がないと自己中心的になりがちで咄嗟の機転が利かないという話です。なんども言いますが、人で売ってなんぼであり「Input」、「Output」、「Feedback」の繰り返しが肝心です。
治療家の場合は、流行と最先端の専門スキル(アプリ)と広範な分野にまたがる一般常識(OS)という膨大なInputを続けます。広範なテーマを同僚などと議論を交わしたり(Output)、教え教わりながら考えを深めていく(Feedback)ことが地力になります。
これらのプロセスは、コミュニケーションの実践や思考法の定着にも直結しており治療における各専門分野での学びにおいても立体感が出てきます。結局は、手巧より目巧ということです。
まとめ
治療家は特殊な職業だと思われていた時代もありましたが、現代においては他の職業と大差はないものの労働条件や就業環境が特別に良いということもなく、平均か寧ろ大変な部分もあります。
一方で、求められる能力のハードルは一般社会人よりも高く、今後はより「人」としての価値が求められます。故に、治療家としていわゆる「自己実現」を進めていくことが重要です。