国家試験対策授業その前に!
柔道整復師
記事を書いた人
北 道従 先生
SENSEI CAFEパートナー
新潟柔整専門学校
指導経験 10年
- 柔道整復師
- 柔道整復専科教員
- はり師 きゅう師
井手 貴治 先生
SENSEI CAFEパートナー
東亜大学
指導経験 22年
- 教授
- 歯科医師
- 国家試験対策参考書「でるポとでる問」「スタンダード柔整国試対策」執筆・編集
「予測不能で無秩序な状況」からの変化を促す
はじめに
初めて教壇に立つ、または初めて国家試験対策授業を受け持つ先生の中には不安を感じながら試行錯誤を繰り返しておられる先生が多いのではないでしょうか。
私が学生をしていたころは、同級生に社会経験豊富な大人が多く、彼らから発せられる鋭い質問などを聴いていると「教員になるためには多くの経験や知識の研鑽を積む必要がある」と感じ、実際に自分が教員になり初めて授業を担当したときには、いくら準備をしても足りず「この内容で大丈夫だろうか」と不安と緊張の中で授業に臨んだことを今でも覚えています。
しかし、実際に教壇に立つと鋭い質問をしてくる学生がいる一方で、『学習意欲が低い学生が想像していた以上に多い』という事実に驚きました。
入試選考が面接や書類選考のみという学校では、学習意欲が伴っていない学生も一定数入学しているという事実は、先生達も実際に感じた方もおられるかと思います。
教員は、これら学習意欲の低い学生などを指導し、可能な限り柔道整復師国家試験合格へと導く役割を求められています。
今回の記事では、教育に関する学説などの紹介や我々の経験を交えながら学習意欲の低い学生への対応を中心に話をしたいと思います。
コミュニケーションと信頼関係構築のために
通常の授業であれ、国家試験対策であれ、教員として学生と接する中で重要なことの一つに学生との信頼関係構築があげられます。
患者との信頼関係が施術の結果に影響するように、学生との信頼関係構築は、授業や生徒指導といった教員の行う様々な業務に影響するため、必要不可欠な要素といえます。信頼関係なしに学生は我々の話を聴いてくれないでしょう。
では、学生との信頼関係性を築く上で最も重要な事は何でしょうか。
それは、学生の置かれている状態を正しく知り、適切な指導をする事です。
学生は自分のことを正しく理解してくれない教員を信用してはくれないでしょう。
学生の置かれている状態を正しく知るためのヒントとしてアブラハム・マズローというアメリカの心理学者が提唱した欲求段階説を使うことができます。
この欲求段階説は人の欲求を下位から「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」の5段階に分け理論化し、下位の欲求が満たされることではじめて上位の欲求があらわれるとするものです。(図1)
「生理的欲求」は日常生活を送るための食欲や睡眠欲等の基本的・本能的な欲求、「安全欲求」は安全・安心な暮らしを求める欲求、「社会的欲求」はグループに所属しその一員として認められたいという欲求、「承認の欲求」は他者から認められたい、または自分自身を認めるという欲求、「自己実現の欲求」は自らの内にある理想的自己になりたいといった欲求を意味します。
さらに、下位4つの欲求は「欠乏欲求」、最上位の欲求である自己実現の欲求は「存在欲求」としてまとめられています。
ここで、マズローの説をもとに学習意欲の低い学生の置かれている状態を考えてみたいと思います。
学習意欲の低い学生なかには、下位の欲求が十分に満たされず、社会的欲求にみられる「自分が社会に必要とされている、人間関係について他者に受け入れられている、グループに所属している」という感覚が希薄であり、教員やクラスメイトとの信頼関係構築やコミュニケーションに苦手意識がある可能性が高いと考えられます。
また、社会的欲求の下位に位置する安全欲求「安全性、経済的安定性、良い健康状態の維持、良い暮らしの水準、事故の防止、保障の強固さ、予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求」の中でも「予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求」が満たされていない学生も多くいるのを経験上実感しております。
学生の将来の希望を尋ねると、柔道整復師として「スポーツトレーナーになりたい」「接骨院を開業したい」「外傷をみたい」などと様々な夢を語ってくれます。
しかし、学習の習慣がない学生からすれば、柔道整復師の資格を取得するためには、何をどのくらい勉強すればよいのかがわからず、結果として学習自体が自身の安全を脅かす「予測不能で無秩序な状況」になっている可能性があるのです。
この様な安全を脅かす状況になると、勉強どころではなくなってしまい、学習に集中できず、学習意欲はますます低下し、信頼関係の構築は困難となり、効果的なコミュニケーションは取れなくなってしまいます。
そこで、教員が学生の抱えている「予測不能で無秩序な状況」を取り除いてあげれば、学生は安全欲求を満たし、社会的欲求が生まれ、自ら学校やクラス、授業という場にかかわっていき、さらにその中で認められたいというより上位の欲求を惹起させることが可能になるのではないでしょうか。
では、学生の置かれている「予測不能で無秩序な状況」を取り除くためには何をすればよいのか。
その答えの一つは「明確な学習のゴール」と「ゴールに達するために必要な具体的な努力量を示してあげる」事です。この「学習のゴールの明確化」等については、次項で述べていきます。
学習段階とゴールの明確化
学習には5つの段階(図2)があるといわれており、学習したことを実用化するためには最低でも第3段階の「知っている・できる」=「アウトプット可能な状態」にまでもっていく必要があります。つまりこの「アウトプット可能な状態」が専門学校教育における1つのゴールとなります。
まず、学習段階のモデルを学生に説明し、「アウトプット可能な状態」というゴールを認識させることに加え、教員側から授業や課題を通して「知ってる・できる」段階まで引き上げる仕組みづくりが必要です。
授業を受けるだけでは第2段階の「知っている・できない」という状態で止まってしまいますし、居眠りなどで授業に参加しないと第1段階の「知らない・できない」という状態で止まることになります。
第2段階から第3段階に達するためには「学習の反復」が必要であり、これが最も困難な過程となるわけですが、第2段階から第3段階に達することができていない学生には「学習の反復」の程度を理解していない者が多く存在します。
例えば、英単語を記憶する場合は、ひとつの単語に対し500回以上の反復が必要だといわれていますが、医学的な用語などは日本語であるため、500回までは必要ないとしても、30~40回程度の反復は必要であると思われます。
その「30~40回」という反復の程度を知らず、数回の反復であきらめ、「自分には能力がない」と決めつけて落ち込み、どれくらい反復すればよいかわからない「予測不能で無秩序な状況」に自らを追い込んでいき、自信を無くしてしまっている学生をこれまでに多くみてきました。
「反復が足りていない」という事実を学生に明示し、知識習得に必要な具体的な努力の程度を示してあげることで、学習は「予測不能で無秩序な状況」が「予想可能で秩序のある状況」へと変化し、安全欲求が満たされれば、社会的欲求の惹起によって学校やクラスに自ら関われるようになり教員とも信頼関係を構築し、効果的なコミュニケーションをとることが可能になります。
信頼関係が構築され、学生とのコミュニケーションが円滑になれば『話を聴いてもらえる』状況になり、授業をする側も受ける側も効果的な時間を共有することが可能になります。
教員として学生と接する際は、教える内容やテクニックも大事ですが、まずは人間関係の構築というベースを作り上げる取り組みが必要となるのではないでしょうか。