なぜ柔道整復師は食えないといわれるのか?柔整師の現状と将来性
キャリア・働き方
柔道整復師
柔道整復師(柔整師)の仕事を調べていると、どうも良くない噂が出てきます。何やら、「柔整師の給与が少ない」や「労働時間が長い、きつい」など生活への不安を煽るものばかり。果たして、本当に柔整の仕事では食べていけないのでしょうか?
この記事は、柔整師を志す方、柔整師に成り立ての方のそんな禁断の疑問に対して、先輩柔整師たる筆者が果敢にメスを入れていきます!
柔道整復師は食えない!?
曲がりなりにも、医療系国家資格であるはずの柔整師にして「稼ぎが悪くて食べていけない」など、そんなことが本当にあるでしょうか?はっきり言います。
「普通に食べていけます!」
厚生労働省(厚労省)の管理する職業情報提供サイトjobtagを確認すると、柔整師の平均年収は443. 3万円とあります。同じく、厚労省の令和4年賃金構造基本統計調査によると、一般労働者の平均賃金は月額31.18万円とあり、年に換算すると374.16万円が年収となります。
産業別でみた場合にも、「医療、福祉」の平均賃金は月額29.67万円、年収にすると356. 04万円と明らかに柔整師は多いです。手取り額の計算は複雑なので、仮に社会保険料などの割合が総支給額の20%だとすると、
443.3万円×0.8=354.64万円
手取りでも約355万円となります。
それならば、「収入に支出が見合っていないのだろう?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。総務省統計局の令和4年の家計調査年報を確認すると、単身の1か月の消費支出は約18.21万円とあり、年でおよそ218.52万円となります。
354.64万円-218.52万円=136.12万円
柔整師の年収で国民の平均的な生活を送るのであれば、年に136万円貯蓄できる計算になります。つまり、柔整師でも食べていけるのです。
柔道整復師が食えないといわれる理由
では、なぜ「柔整師は食べていけない」と言われるのか?火のない所に煙は立たぬ、生活が懸かっているので疑り深くなるのも分かります。「食べられる」のに「食べられない」、そんな矛盾を解決していきます。
平均年収と柔道整復師の年収の関係
「噂はデマだった」と言い切りたいのですが、なかなかそうも言えません。前述の総務省統計局の調査で世帯人員別1世帯当たりで見た1か月間の支出は、
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世帯人員 | 2人 | 3人 | 4人 | 5人 | 6人以上 |
消費支出(月) | 290,537円 | 329,411円 | 328,074円 | 345,543円 | 344,404円 |
消費支出(年) | 3,486,444円 | 3,952,932円 | 3,936,888円 | 4,146,516円 | 4,132,848円 |
世帯人員 | 2人 | 3人 | 4人 | 5人 | 6人以上 |
消費支出(月) | 290,537円 | 329,411円 | 328,074円 | 345,543円 | 344,404円 |
消費支出(年) | 3,486,444円 | 3,952,932円 | 3,936,888円 | 4,146,516円 | 4,132,848円 |
単純に見れば世帯人数は2人でギリギリ、3人でオーバーです。配偶者も働いている世帯の数値も混ざっていて、この金額です。つまり、柔整師の年収では家族を養うには苦しい可能性があるのです。しかし、それでは世の平均年収では結婚ができない、家族を養っていけないということになりかねません。
そんなことはないです。年金の受給額が月換算で5万円程度というご老体も、元気に健やかに暮らしているのですから、年収433万円で暮らせないわけがないのです。総務省はわざわざ4人世帯(有業者1人)年間収入階級別1世帯当たり1か月間の支出も調査しています。
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収入階級別 | 年齢階級別 | ||||
400~450万円 | ~34歳 | 35~39歳 | 40~44歳 | 45~49歳 | |
月額消費支出(月) | 271,780 | 248,773 | 266,323 | 287,767 | 317,818 |
年額消費支出(円) | 3,261,360 | 2,985,276 | 3,195,876 | 3,453,204 | 3,813,816 |
エンゲル係数(%) | 28.7 | 29.6 | 30 | 29.7 | 29.9 |
柔整師年齢別年収(円) | 4,238,800 | 4,512,900 | 5,127,200 | 4,562,400 | |
社保など20%の手取り額(円) | 3,391,040 | 3,610,320 | 4,101,760 | 3,649,920 |
収入階級別 | 年齢階級別 | ||||
400~450万円 | ~34歳 | 35~39歳 | 40~44歳 | 45~49歳 | |
月額消費支出(月) | 271,780 | 248,773 | 266,323 | 287,767 | 317,818 |
年額消費支出(円) | 3,261,360 | 2,985,276 | 3,195,876 | 3,453,204 | 3,813,816 |
エンゲル係数(%) | 28.7 | 29.6 | 30 | 29.7 | 29.9 |
柔整師年齢別年収(円) | 4,238,800 | 4,512,900 | 5,127,200 | 4,562,400 | |
社保など20%の手取り額(円) | 3,391,040 | 3,610,320 | 4,101,760 | 3,649,920 |
エンゲル係数とは消費支出に対する食費の割合で、この値が高いほど生活水準は低くなり、値が低いほど生活にゆとりがあるとされるため、生活レベルの指標とされます。基準として、日本の総勤労者世帯の平均エンゲル係数は25.9%です。
表左の収入階級別で柔整師の年収にあたる年収400~450万円を確認すると、エンゲル係数は28.7%とあり、このことから分かることは、柔整師の年収で4人世帯は生活できるものの贅沢は難しいということです。
もう一点、注視したいのが年齢毎の世帯支出です。男性の平均初婚年齢は31.1歳、女性は29.7歳であり、初産の母親の平均年齢は30.9歳であるため、世帯の支出が増えるのも30歳以降と考えられます。ここで、表右の年齢階級別の項目を見てみましょう。
仮に、世帯主が30歳の時に生まれた子どもが成人(18歳)する49歳の年額消費支出は、約380万円!表下の柔整師で同年齢の手取り額を見ると、49歳のあたりは年手取り額は年365万円なので、国民の年齢に見合った支出では赤字になります。まさに、家計は火の車状態でしょうか。
それにしても、柔整師の収入とは不思議なもので40~44歳までは増えていた年収が、45~49歳で減少するのです。これは恐らく、独立開業に伴う一時的な収入減少だと思われます。
統計では50~54歳で年収約517万円、55~59歳で年収約540万円と上昇するので、開業時期さえ共働きをすれば生活はしていけるものと思われます。
業界動向を眺める
誤解を招く要因は、他にもあります。まずは地域差です。総務省が都道府県毎に集計した勤労世帯1世帯当たりの消費支出と、jobtagの報告した都道府県毎の柔整師の年収を以下の表にまとめました。
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地域 | 北海道 | 東北 | 関東 | 北陸 | 東海 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 沖縄 |
柔整師(万円) | 519.1 | 402.6 | 469.6 | 421 | 473.3 | 453.8 | 464.2 | 413.6 | 380.2 | 346.3 |
年消費(万円) | 363.2 | 366.2 | 406.2 | 388.3 | 362.5 | 381.8 | 366.3 | 368.8 | 361.9 | 294.7 |
地域 | 北海道 | 東北 | 関東 | 北陸 | 東海 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 沖縄 |
柔整師(万円) | 519.1 | 402.6 | 469.6 | 421 | 473.3 | 453.8 | 464.2 | 413.6 | 380.2 | 346.3 |
年消費(万円) | 363.2 | 366.2 | 406.2 | 388.3 | 362.5 | 381.8 | 366.3 | 368.8 | 361.9 | 294.7 |
柔整師の年収は地域で最大約170万円以上差があり、消費支出も100万円程差があります。この点から、地域によっても柔整師という仕事への見方は違う可能性はあります。全国柔整鍼灸組合は令和4年の各都道府県の施術所数を公表しています。以下は、そのデータを地域毎に再編集しています。
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地域 | 北海道 | 東北 | 関東 | 北陸 | 東海 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 沖縄 |
施術所数 | 1,903 | 3,007 | 16,831 | 3,163 | 4,727 | 12,591 | 1,918 | 1,434 | 4,934 | 411 |
地域 | 北海道 | 東北 | 関東 | 北陸 | 東海 | 近畿 | 中国 | 四国 | 九州 | 沖縄 |
施術所数 | 1,903 | 3,007 | 16,831 | 3,163 | 4,727 | 12,591 | 1,918 | 1,434 | 4,934 | 411 |
前表と見比べると、商業地域面積の多い東京、愛知、北海道などを有する地域は柔整師の年収も高い印象です。また、同データでは人口10万人あたりの施術所数も報告しており、
1位 大阪 (76.9件)
2位 和歌山(72.6件)
3位 富山 (61.0件)
これ以降も4位京都、5位奈良と平均よりも大幅に多い店舗数で、近畿地方で見ると滋賀を除く2府4県が10位以内という接骨院の乱立ぶりが伺えます。全国平均は40.8件であることと物価指数が高い京都、大阪を含むことを踏まえると、各店舗の価格競争は熾烈を極めるでしょう。
近畿地方は特異的ではありますが、10万人比率の店舗数はどの地域も大きい都市を含む都道府県が多いです。こういったことから読み取れるのは、都会の物価の高さに対して見合った収入ではないと考える柔整師が「食えない」と言っているのかもしれません。
労働環境を深堀り
誤解を招く要因のその2が、労働環境です。柔整師の仕事でよく言われるのが、①長時間労働、②体力仕事、③福利厚生が乏しいといったことです。
①に関して、jobtagによると柔整師の労働時間の全国平均は月162時間とあり、週に換算すると40. 5時間となります。厚労省の労働時間の報告によると、国民の平均労働時間は令和5年時点で男性で週約41時間、女性が約32時間であったとあるため、平均的な労働時間のように感じられます。
しかし、実際のところどうでしょうか?労働時間は平均的かもしれませんが、拘束時間に関しては他の業種よりも長いと筆者は感じます。というのも、診療時間が午前と午後に分かれており、休憩時間を長くとる傾向あるからです。
日毎、地域毎に違いますが、午前は朝一から10時位までに第一陣で混み合い、午後は学生や会社員の集う17時当たりが絶頂です。そのため2時間や2時間半の休憩を設けることで、長時間の労働を前提とした勤務体系なことはよくあります。
また、ある種の修行なような面もある仕事なので、業務時間後などに有志での勉強会が催されるのも特徴です。結果、1日12時間以上の拘束時間が常というケースも多いです。
②に関しても、概ね正解です。前述の通り①長時間労働であることに加えて、手技療法が施術の中心であるため、多少の腕力は必要です。また、立ち仕事でもあるので一日中フルで身体を使っています。
資格があれば一生働けるとは言いますが、自身も衰えていくことを考えると運営方法や業務システムの変更は漸次変えていく必要が出てくるのでしょう。
③については、接骨院の大半が個人事業であるため、雇用条件は他業界のようには充実していないことが多いです。材料費などがほとんどかからない接骨院において、経費のほとんどが人件費です。従業員数が10人以下であれば、就業規則も作る必要がないため最低限度の福利厚生でしょう。
以上のような点で、柔整師は割に合わないと思う方がいるものと思われます。しかし、この記事の主題でもある「食えない」という状況は誤りだと言えます。
柔道整復師の働き方と給与の上げ方
柔整師は家族を持つには少々「ひもじい」です。また、労働環境も悩ましい点がある状況。ならば、如何にして働いていくのか?また、給与を増やす方策はあるのかを探っていきます。
働き方の変化
柔道整復師の多くは、接骨院に勤務です。その接骨院も昔と今では、大分変ってきました。平成30年4月から柔道整復術療養費(療養費)の受領委任を取り扱うには、一定の要件を満たした「施術管理者」になる必要があります。
この法令が発布された背景には、それまで柔整師による療養費の不正受給が横行していたという過去があります。よくある手口だと、同じ患者の治療部位を次々と変えて保険者に請求する「部位転がし」や架空の患者の請求による水増しなどが挙げられます。
令和6年の社会保障審議会医療保険部会では以下のデータが公表されています。
・療養費の算定構造の割合は、後療料(打撲及び捻挫)が62.3%。
・療養費の傷病名の64.87%が捻挫、34.86%が打撲(挫傷も含む)で99%以上。
・療養費の1か月あたり施術回数別の患者割合は、3回以下の施術が全体の約半分弱で、4回目から大きく減少し回数が増える毎に逓減。なお、10回以上の施術は、全体の約1割強。
・療養費の1か月あたり施術回数別の患者割合で、1月あたり10回以下の施術は、全体の約9割で、11回以上の施術は約1割。
この言われようです。ちなみに、柔整師に対する指導、監査などの令和3年の実施状況は、
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①集団指導(人) | ②個別指導(件) | ③監査(件) | ④中止等(件) | |
厚生局(計) | 2840 | 32 | 13 | 9 |
①集団指導(人) | ②個別指導(件) | ③監査(件) | ④中止等(件) | |
厚生局(計) | 2840 | 32 | 13 | 9 |
このように、かなりの件数が摘発されています。療養費の料金改定は度々行われ、利率は多少は上がってはいるものの、3部位以上は減額での請求にあるように複数部位はメリットがありません。そういった、保険規制の厳格化が近年の自費診療の注目に繋がっています。
自費診療の場合、金額設定が自由であるため客単価を上げやすいという強みがあります。また、ターゲットを絞り込みや、逆に施術の幅、患者層の幅を広げるためにも利用できるので、新規顧客の獲得のチャンスにもなります。
患者への説明と同意を得る手間はありますが、現在の業界を取り巻く環境を考えると前向きに検討をしていくべきです。
給与を増やす方法
客単価を上げるといった方策は、あくまで自身が経営者の場合です。売上がダイレクトに自身の収入に反映するので、開業というのは収入アップの手段とすればセオリーです。ただ、デメリットがないわけでもありません。
例えば、雇用者の場合は、万が一の時の後ろ盾(雇用保険など)がありますが、経営者は一般的にありません。また、社会的信用もないので大きな買い物はしずらいですし、融資も受けづらいです。よく言うのは、「住宅ローンなどの審査は厳しい」です。
それに、退職金も自身で掛けておく必要があります(とはいえ、これは経費になります。なんなら、「節税になりますよ」と銀行がすり寄ってきます。)
前述の通り、開業に伴う年収低下の可能性はありますので、家族があり、配偶者などが働ける場合は、開業当初は二馬力で働くのがリスクヘッジも取れて安パイでしょう。
もう一つ、収入を上げる方法は副業です。ただ、接骨院の業務の多くは拘束時間が長いと述べたことからも、副業はかなり限定されると考えられます。現実的なものだと、養成学校の講師や塾講師、セミナー講師など教育関係が資格を活かした副業でしょう。
他には、アフェリエイトやウェブ上で出来る業務は隙間時間を活用できるので、僻地でのお勤めでも環境さえあれば問題なく働けます。
しかし、大きく収入を増やすことを考えるのであれば、やはり開業が最も現実なのだと思います。
柔道整復師のキャリアと将来性
「ひもじい」とは言ってきましたが、決して柔整師の給与は安くはありません。むしろ、全職業の中では標準以上の金額が手に入ります。ただ、多少ハードな職務内容と福利厚生に関しては、一般企業に勤めるようなものは期待をしない方が良いというだけです。
しかし、地域の人々の健康を守るという重大な使命を背負っていることを考えれば、これほどやりがいのある仕事も少ないと思います。自身の施術の技術と接客技術の向上が、患者の満足度に繋がり、結果、直接自身の給与に反映します。まさに、全ては自身の「腕次第」です。
仕事の選択肢も接骨院以外にも、整形外科でリハビリ中心なものに携わったり、スポーツトレーナーとしてアスリートの支援を行ったり、または介護業界で機能訓練に携わるという選択肢もあり、老若男女にかかわっていける仕事です。
こういったことから、「柔整師は食えない」というのは大きな誤解であり、「柔整師は食いっぱぐれることが少ない」が正しいのだと訂正させていただきます。
まとめ
「柔整師は食えない」とは言うものの年収は約443万円で、国民の平均年収374万円よりも多いです。ただ、この年収で家族を養うと考えると贅沢は難しいことと、長時間労働、福利厚生の乏しい環境が人々に「柔整は食えない」という誤解を招いています。
業界への風当たりも強いですが、一方で専門技術者として他方面にニーズがあるので、むしろ「食いっぱぐれない職業」というのが正しい認識です。
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