柔道整復師の離職率と理由~離職との向き合い方~
キャリア・働き方
柔道整復師
柔道整復師(柔整師)は、外傷性が明らかな損傷に対して、整復・固定法を施すスペシャリストです。接骨院や病院などへの就職の他に独立開業もできます。その独立開業の一歩目となる就業柔整師数は年々増えていることが厚生労働省(厚労省)の衛生行政報告において示されています。
しかし、柔整師の仕事には、長時間労働や低賃金、職場環境の悪さなど、離職につながる課題も多く存在します。実際、柔整師の離職率は高いと言われており、入社から数年で辞めてしまう人も少なくありません。
柔整師の離職率は?離職の主な理由や要因は?
統計データや他の業界との比較をもとに柔整師の離職率とその背景について解説し、そこから導かれる柔整師として働き続けるためのヒントを紹介していきます。
柔道整復師の離職率と課題
柔整師の離職率の全国平均や他の業界と比較、地域や事業所形態による差や離職率に影響を与える要因について、まずは、そのデータ分析を行い柔整師の現状や問題点を明らかにしていきます。
柔道整復師の離職率の全国平均と業界別の比較
厚労省が公表している令和3年雇用動向調査によると、医療・福祉関係職種の離職率自体は2021年度の13.5%から2022年度は15.3%と増加傾向にあります。また、離職者数も宿泊業,飲食サービス業の 1,270.9 千人、卸売業,小売業の1,167.2 千人に次ぐ 1,056.4 千人と圧倒的上位に入ります。
これらの報告は、純粋な柔整師の離職率を示す調査ではありませんが、柔整師の仕事が医療と福祉を横断したような立ち位置であることからも、妥当な数値であるでしょう。そのため、医療・福祉の負の要素は、そのまま柔整師にも当てはまる可能性が高いといえます。
①.長時間労働や休日出勤などの過重労働
②.低賃金や待遇の悪さ
③.職場環境のストレスや人間関係のトラブル
④.専門性やキャリアパスの不明確さ
こういった要因による仕事へのモチベーション低下が離職を促すと考えられます。柔整師は、専門職として高い技術や知識を持っていますが、それに見合った労働条件や評価を得られていないと感じることが多いのかもしれません。
ただ、同データで入職者数は宿泊業,飲食サービス業で1,179.5千人、卸売業,小売業で1,141.1千人と離職者数よりも少ないことからも、業界が縮小傾向にあることが予測される一方、医療,福祉は1,120.8千人と増加傾向にあることからも、市場は拡大傾向にあると思われます。
労働環境に問題を抱えている一方で、雇用のニーズは高まっている背景には、高齢社会が進んでいる日本の労働人口構造の関与が考えられます。そういった点で、決して職として不安定ではないものとも考えられます。
柔道整復師の離職率の地域別差
離職率は、地域や事業所形態によっても異なります。しかし、柔整師のみを調査したデータは厚労省や公益社団法人 日本柔道整復師会などの機関からも公表されていません。
これは、柔整師の就業状況や離職理由などを把握するための統計調査が実施されていないことを意味します。したがって、柔整師の離職率に関する分析はほかの医療機関のデータを参考にするしかありません。
そこで、今回は公益社団法人 日本看護協会が公表した病院看護師の離職率のデータを参考にします。
看護師も医療系国家資格です。しかし、柔整師が外傷の専門家として病院以外での就職が多いのに対し、看護師は病院での内科、外科疾患の補助に携わることが多いです。
2022年 病院看護・助産実態調査 報告書によると、事業所全体の離職率は正規雇用で11.6%、新卒で10.3%、既卒で16.8%とあり、都道府県別に見た場合、
・正規雇用で離職率が高かったのは東京都と神奈川県で14.6%、最も低かったのが徳島県の5.9%。
そのうち、
・新卒採用者で最も離職率が高かったのは香川県の17.1%、最も低かったのは福井県で3.7%。
・既卒採用者で最も離職率が高かったのは岩手県の24.0%、最も低かったのは長野県の7.0%。
とあります。このデータから離職率は地域によって異なることが分かります。
柔整師と看護師は医療資格者であるという面では共通ですが、就業形態としては相違があり、当然ながら離職理由も異なる可能性はあります。しかしながら柔整師の離職率に関するデータがない以上、病院看護師の離職率のデータが柔整師の離職率の傾向を推測する一つの情報としては参考になる部分があるのではないでしょうか。
柔道整復師の離職率と施術所数
離職率に地域差が見られることは分かりましたが、データがないため地域差の原因まではやはり分かりません。そこで、柔整師の施術所数と人口動態データを組み合わせ、離職率の地域差を分析します。
全国柔整鍼灸協同組合の令和5年に公表した都道府県別の人口10万人あたりの施術所数は、以下の通りです。(全国平均は40.8か所。)
・人口10万人あたりの施術所数で最大は大阪府で76.9か所、最小は鳥取県で13.4か所。
人口10万人あたりの施術所数と離職率(2022年 病院看護・助産実態調査 報告書より)の相関係数は、以下の式で求められます
r=(∑^n i=1√ (xi−xˉ)²)⋅(∑^n i=1 (yi−yˉ )²) / ∑i^n=1 (xi⋅yi)−n⋅xˉ⋅yˉ
・n:都道府県の数=47
・xi:各都道府県の人口10万人あたりの施術所数
・yi:各都道府県の離職率
・x ˉ:人口10の施術所数の平均(40.8)
・yˉ :離職率の平均(正規看護師の離職率11.6%)
すると、
r=√10483.2√47.2 / 302.8=0.43
ということで、相関係数は0.43と正の相関がありそうです。
つまり、施術所数が多い地域の離職率が高くなる傾向があるということです。こういった地域は、柔整師の需要が高く、転職の選択肢が多い、また競争が激しいことで経営や待遇に不満を持ちやすいと考えられます。
他にも、施術所の多い地域は都市部に集中していることからも、産業人口層に偏りがあることも考えられます。利用者が多いということは、柔整師一人あたりの仕事量も多いということです。
一方、施術所の少ない地域は柔整師の需要が低く、転職の選択肢が少ないこと、地域密着型の経営や待遇に満足していると考えられます。また、施術所数の少ない地域は地方であり産業人口層に偏りが少ないこと、利用率が低いため仕事量が少ないなどもあるかもしれません。
柔道整復師の離職率の事業形態別の差
日本看護協会の資料には事業形態別の離職率についての報告もあります。
・正規雇用で最も離職率が高かったのは個人院で14.6%、最も低かったのが公立の院で8.0%。
そのうち
・新卒採用者で最も離職率が高かったのも個人院で13.8%、最低がその他公的医療機関で5.1%。
・既卒採用者で最も離職率が高かったのも個人院で32.1%、最低がその他公的医療機関で8.0%
このデータから、離職率は事業形態によっても大きく異なることが分かります。いずれの場合も個人院での離職率は高く、国や地方公共団体が主体の院では低いことが分かります。
これは、個人が設置する施術所は一般的に規模が小さく、給与や福利厚生、労働条件などが不十分な場合が多いためと考えられます。対して、国や地方公共団体が設置した施術所や病院は安定性や信頼性が高く、給与や福利厚生、労働条件などが充実しているためと考えられます。
柔整師の就職先も多くが個人の接骨院であり、その接骨院の数はコンビニエンスストア程あると言われます。それだけ柔整師は転職が容易で、また、個人院特有の経営不安や待遇の悪さ感じる可能性は看護師よりも高いことが想像されます。
離職率に影響を与える要因
柔整師の離職率の高さは、どうやら柔整師を取り巻く環境が影響しているようです。
労働時間と休暇
柔整師の離職率に影響を与える要因のひとつが、労働時間と休暇です。病院や接骨院の勤務形態は、他業種にはない独特なものです。それがよく分かる例が、「午前:9時から12時、午後:14時から18時」といった長い昼休みを挟んだ受付時間です。
昼休みを挟まずに「営業時間:9時から18時」という場合もありますが、いずれの場合も勤務時間は長くなりがちです。以下に理由として、
・受付時間前に来院される患者のために、早めに出勤して開院しがち。
・受付終了間際の駆け込み患者がよくいるため、診療時間は伸びがち。
筆者が以前務めていた接骨院の場合、
・受付時間:9時から19時。(昼休みなし。)
・早番:8時15分出勤、18時半退勤。
・遅番:9時半出勤、19時45分退勤。
1時間残業することが前提のシフトで、昼はサラリーマンでごった返し、夕方は部活終わりの学生とサラリーマンで超満員となるため、休憩時間は空いている時間で取り、追加の残業も当たり前でした。
また、就業時間後の勉強会が多いのもこの業界の特徴です。多くは独立を目指すスタッフによる自主的な勉強会で、これも長時間労働の一因です。(就業時間外ですが。) 前職でも、ほぼ毎日2時間程度の勉強会が催され、結果、帰宅は22時を回るといった感じでした。
接骨院の休日の多くは週休二日制ですが、土日も営業しているところが多いため、シフト制で働くことになります。繁忙期や人手不足のときには、休日出勤を求められることもあります。
筆者の務めていた接骨院も年中無休でしたし、シフトの都合上、半日出勤もありました。また、副院長など役職が上がると、他のスタッフの休日希望の穴埋め以外にも、院のオペレーション上、休めないことは増えていきます。
このように、柔整師の仕事は長時間労働になりがちなため、身体的な疲労やストレスを増やし、心身の健康を害す可能性があります。
また、プライベートな時間が減ることで、生活のバランスや充実感が失われる可能性もあります。
職場環境
柔整師は患者とのコミュニケーションや信頼関係の構築が重要な仕事で、その実現には、職場の人間関係や雰囲気が大切になるため、その職場環境は離職率に大きく影響を与えます。
柔整師の職場環境は、勤務先の施設や規模、経営方針などによって異なりますが、一般的には以下のような特徴があります。
・師弟関係になりがち
柔整の技術や知識は専門的であり、習得には長い時間と努力が必要です。そのため、先輩や上司からの指導が厳しいことが多く、自分の意見や感情を言いにくい環境になりがちです。
・狭いコミュニティーになりがち
柔整師の多くが接骨院勤務ですが、これは資格を活かせる職場が限定的であるからともいえます。技術を向上させ独立開業することを目標と盲目的活動しがちで、異業種への転職を検討せずに狭いコミュニティーに居座る傾向があります。仕事としても大きな変化はなくコミュニティーに属していれば、周囲には同じ境遇の人が大勢おり飛び出す必要も感じにくくなった結果、益々繋がりが小さくなりがちです。
コミュニティーの狭さは、人間関係でトラブルが起きた場合の影響力も大きいという欠点もあります。柔整師の職場環境は、自分の性格や価値観に合っているかが大切です。そのため、自分がどんな人間関係や雰囲気を求めているかを考えて就職先を選びましょう。
専門性やキャリアパス
柔整師は高い技術や知識を要求される仕事である一方、その専門性やキャリアパスが不明確なため、仕事に対するモチベーションや将来性を感じにくい可能性があります。
まず、先述の通り、資格取得後の継続教育やスキルアップの機会が徒弟制度のような閉鎖的な環境になりがちです。そういった中で形成されるキャリアというのも、一接骨院の副院長や分院の院長などと限定的なものになります。
開けたスキルアップとして、例えば、公益社団法人 全国病院理学療法協会の運動療法機能訓練技能講習 を受講することで、みなしPTとして働けますが、雇用側である病院とすれば算定も半分になるため、雇用条件はPTより劣りがちなため将来性に不安が残ります。
接骨院の話で考えると、チェーン展開をしている企業の場合、転勤ということもあるためそういったことも含めた人生設計を検討する必要があります。
一方、独立開業は経営や経理などの知識やスキルが必要になります。保険請求には苦い過去がある柔整師ですから、近年は保険料の減額(適正化という名目ではあるが)や制限などが進んでおり、 以前のような感覚での経営は困難。より明確な企業理念、経営戦略が重要でしょう。
「骨折、脱臼、打撲、捻挫、挫傷 」と業務範囲を柔整師自らで狭めてしまったことによるためでしょうか、他の業界や職種に転職するとしても、柔整師の資格や経験が活かしにくいことが多く、未経験からのスタートになることが多いです。
こういったことからも、どういったキャリアを描く上でも、他の分野や職種にも興味を持ち、幅広い知識やスキルにアンテナを張っておくことが大切です。
柔道整復師の給与
給与は数字として表れるため、最も分かり易い離職要因でしょう。柔整師は他の医療職と比較しても、決して高い給与ではありません。厚労省の職業情報提供サイトjobtagによると看護師の平均年収は508.1万円に対して、柔整師の平均年収は443.3万円とされています。
類似の職業であるPTの年収は430.7万円なので、一見、柔整師の方が待遇が良さそうですが、賃金分布は柔整師の約9.2%が月収20万円以下、約55.6%が月収30万円以下、約25.7%が月収40万円以下です。
対して、PTは月収20万円以下はほんの1.8%程度、30万円以下が約65.7%で中でも24万円から28万円が人口ピークです。40万円以下は28.6%ですから、決してハイクラスの人口も少なくはありません。
この数値から、以下のことが分かります。
・柔整師は開業ができるため年収1000万円以上も狙える一方で、低所得層も多い。
・PTは高収入を得る人数は柔整師より絞られるが、安定した収入が期待できる。
とはいえ、あくまで雇用形態によって大きく変わります。以下、一般的な特徴として、
・正社員として働く場合
固定給を基本に、歩合制を取り入れている場合もあります。また、先述の筆者の前職のように、みなし残業代として月20時間分の残業代が含まれる場合もあります。
・アルバイトやパートとして働く場合
時給制が基本で、歩合制を導入していることもあります。正社員同様の基準で、担当した患者さんの人数分の額が支給されるかは企業毎に違うため、事前に確認をしましょう。
・自分で開業する場合
給与は 経営能力や集客力次第ですが、開業資金や設備、人材などの初期投資も大きく、先述の賃金分布でも、40代後半に平均年収が下がり50代以降上昇に転ずる傾向が見られます。
恐らく、これは開業後、事業が軌道に乗るまでのものと考えられます。そういった開業のリスクを乗り越えた後の年収のピークは60代前半の540万円ですが、PTの60代前半は570万円です。倒産した方を含めた平均年収540万円をどう感じるかが、開業の判断基準だと思います。
離職との向き合い方
離職率を上げている要素の多くが、環職場境と将来性であることが分かりました。それぞれの不満と不安は、柔整師の悩みをさらに加速させていきます。そんなとき、柔整師はどのように仕事に向き合うべきなのでしょうか?
柔道整復師を目指した気持ちを思い出す
離職に悩むとき、まずは柔整師を目指した気持ちを思い返してみましょう。あなたは、なぜ柔整師になりたかったのでしょうか?どんな人になり、何をなしたかったのでしょうか?
あなたの目の前の現実は厳しいかもしれません。しかし、憧れを抱きこの世界に飛び込んだのなら、あなたが思い描く柔整師像というものがあった筈です。
ならば、その理想の姿を10としたら、今のあなたはいくつですか?
柔整師として働いて感じた理想と現実のズレは、具体的な目標を立てるきっかけです。そんなときは、大谷翔平も使用するマンダラチャートを活用してみるのも良いでしょう。
他にも、自己分析を行うことも大切です。自己の特性に目を向けることは、ストレスとの向き合い方を知る機会であり、また思考の傾向を知ることで今まで見えていなかったことに気がつくチャンスとなります。
例えば、本来は経営戦略を立てる際に使うSWOT分析を活用してもよいかもしれません。
このように、自身の原点を探ることは、将来の指針を決めていくことにも繋がります。
つらい時は辞めるのも手
初心を思い出してなお、柔整師の仕事を続けることが辛いのであれば、無理に続ける必要はないと思います。柔整の仕事に、身体的にも精神的にも耐えられないほどのストレスや疲労を感じる方もいます。
そんなとき、離職は、決して恥ずかしいことや悪いことではありません。自分の身体や心の健康を守ることが優先されます。また離職は、自分の人生やキャリアを変えることであり、言い換えれば、自分の選択や可能性を広げることです。
ですので、すべてをマイナスに捉える必要はありません。ただし、仕事を辞める際には、以下の点に注意しましょう。
・退職理由やタイミングを明確にし、退職前に可能な限り人間関係を円満にすること。
・退職後の生活や収入、再就職の計画を立てること。
・社内規則等で退職の方法や手続きを確認すること。
人間万事塞翁が馬とは言いますが、何が幸せか不幸せかは簡単には分からないものです。しかし、真剣に悩んだ末に出した結論なのであれば、後悔もそれ程ないと思います。
業界も変わろうとしている
柔整業界を離れることを心に強く決断された方は仕方がないですが、柔整の仕事にまだ誇りを感じていたのなら改めて問い正します。辞めることが全てでしょうか?
前述の通り、柔整師業界は長年に渡り様々な問題がありましたが、それに対して改善や改革を求める動きもあります。業界が変わろうとしていることの例として、以下のようなものがあります。
・柔整師の労働環境の改善
柔整師の団体や組合などの活動により、例えば、地域包括ケアシステムにおいて柔整師は機能訓練指導員として福祉の世界でも活躍の場を得られるようになりました。
給与が安いと言われる介護業界ではありますが、処遇改善加算 などで少しずつではありますが変わりつつあります。また、介護支援専門員 など経歴を活かしながらのジョブチェンジの機会も期待できます。
・柔整師の専門性や価値の向上
柔整師の保険請求の適正化や技術向上を目的として、国家試験の受験資格を養成学校での85単位以上取得であったのが、平成29年から99単位以上かつ2750時間以上へと改正されています。
併せて、施術管理者の要件を設けて講習会を受講することとしたことで、柔整師の底上げを行っています。 この他、公益社団法人 日本柔道整復師会では2021年から柔道整復術公認100年記念として指導者養成講習会なども行われるなど、柔整業界も決して立ち止まってはいません。
こういった活動を知ることや参加することで、柔整師の見方が変わるきっかけになるかもしれません。
まとめ
柔整師の仕事は、長時間労働に低賃金、厳しい職場環境など、離職につながる課題を多く抱えています。離職を思い立ったら、まずは初心に帰りましょう。そして業界の変革に触れ、柔整師としての自分の選択肢や可能性を改めて熟考しましょう。その結果、どうしてもこの仕事が合わないと感じるならば、辞めることも一つかもしれません。ですが、国家資格として専門的な知識と技術で社会に貢献できる「やりがい」や「価値」は、他の仕事ではそうあるものではありません。そういった意味で、よくよく考えてから行動をしましょう。